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もうひとつの屋久島から

『もうひとつの屋久島から』 武田剛(たけだ・つよし)作 フレーベル館



1993年、日本で初めて世界遺産に登録された屋久島。樹齢7千2百年と言われる縄文杉などの巨大杉が存在している島。それゆえに日本初の世界自然遺産の一つとして登録されたと思われがちだが、実は世界的にたいへん貴重な特徴をもつ「太古の森」の存在が、登録の理由として大きい。しかしその森は国が認めた伐採のため、絶滅寸前だったのである。この自然豊かな島のいたる所で、その11年前まで広大な原生林が伐採されていた事実があった。 どのように屋久杉の絶滅をくい止めることができたのか。

著者は元朝日新聞社員。新聞社員時代は、南極観測隊に同行したり、地球温暖化をテーマに、グリーンランドやヒマラヤ、北極圏カナダなどを取材していたそうです。たっぷりと時間をかけて自然豊かな屋久島を取材したいと考えた著者は新聞社を退社し、屋久島に家族で移り住みます。移住当初はフリーのジャーナリストでしたが、現在は朝日新聞と鹿児島放送の屋久島駐在員 だそうです。

今でこそ屋久島は「世界遺産の島」として有名ですが、過去の屋久島では、屋久杉は保護の対象ではなく、貴重な資金源でした。江戸時代には薩摩藩の財政を支え、明治時代には屋久島の森の八割が国有林にされてしまい、伐採が進みました。さらに戦争がはじまると樹齢数千年の大樹まで切られてしまい、戦後も復興と高度成長による建築ラッシュで、杉の伐採は続きました。
そのころから伐採反対運動が始まりますが、島の多くの住民は林業関係の仕事に従事しており、反対運動はなかなか進みませんでした。

しかし「屋久島を守る会」は島に視察団を迎え、告発の映画をつくり、伐採の反対運動と、屋久島の保護を訴え続けます。「守る会」が反対運動を始めて10年、「植生の垂直分布」の森を国が伐採しようとしていると聞き、メンバーたちは国会議員や自然保護団体、報道機関などを訪ねて国に伐採の中止を要請、1982年、やっと森の伐採を中止することが決定されました。

「屋久島は自然が豊かだから世界遺産に登録されたのだ」と単純に考えていた私は、保護運動に奔走し、ギリギリのところで伐採中止にこぎつけた「守る会」の力があった故だという事実を知り、とても驚きました。著者は「車が急に止まれないように」という比喩で表現している通り、杉の伐採で多くの島民が生計をたてている状況で、反対運動を進めるのは大変な困難であったろうと思います。

そして今現在の屋久島は「観光」で食べている島。そして大量のマナーの悪い観光客により、森が荒らされ、縄文杉が弱っているという事実があります。これは屋久島の島民だけでなく、観光客の立場になりうる私たちにも「走っている車を停める」配慮が求められていると思います。

本書は今年度の小学校高学年の課題図書になっています。
屋久島の過去のドキュメントであるとともに、屋久島のこれからを考える良書だと思います。
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